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自衛策としてオープンソースは成立するか

やる気と時間さえあれば多分できるはず、本気でそれが必要なんだったら何が何でもやるはずだ、そう思ってる。こうなると、その機能がいつまで経っても実現されないのは、「僕のせい」ではなく「自分でやろうとしないその人のせい」になる。

相手がどう思おうとどうでもいい、とにかく自分の中でそういう理屈で言い訳ができるって事が大事なんだと思う。

同意。正しいと思う。ただ、そうは言っても実際たかり体質のユーザが減る訳じゃないので、気が弱い人には難しいかもしれない。それどころか、そういうユーザはオープンソースフリーソフトウェアという事すら批判対象にするかもしれない。

仮に夜フクロウオープンソースだったとして、多段RT禁止を取り除くのは、おそらく素人がちょっとプログラミングをかじった程度でも十分に可能な簡単な修正だろう。機能を付け加える変更じゃないからね。開発環境を構築したり難しい事もあるが、プログラミングはパソコンさえあれば誰でも始められ、解説も豊富で、他の技術に比べれば敷居は低い。

しかし、たとえどんなに簡単だとしても、プログラミングのようなスキルを保持している事それ自体がある種の暴力的な特権であり、技術を知らないという無知の表明が、その特権に対抗する武器だと思っている人がいる。だから、そういう人に対して「オープンソースだから自分で好きにカスタマイズしてね」と言うと「そんな苦行を強いるなんて横暴だ!」と言い返されて非難されてしまう。酷くなると、出来る人が出来ない人のために都合のいい奴隷になるのは当然だと思っている*1

一言でいうと

「ソースは公開してあります。ご自分でどうぞ」「私には弄れないので対応願います。自由を奪わないでください」

*1:もちろん社会では、ある程度の手助けは必要であるし、実際に所得再分配という名前で社会に実装されている。社会的責任なんて言葉が飛び出す背景もその辺じゃなかろうかと思うが、それは今回のような非公共的な事に対して適用される性質のものではないだろう